第8章 児童期の発達:認知発達と学校教育
8-1. 基礎学力の習得
8-1-1. 読み書きと計算
幼児では濁音、半濁音、撥音を含む、いわゆる50音表の平仮名はほとんど読めないか、ほとんど読めるかのどちらか(島村・三神, 1994)
文学に関心を持ち、少し読めるようになると短期間のうちに大方読めるようになる
年長児(平均6歳2ヶ月)では、特殊音節(拗音や促音など)を除く71文字のうち平均65.9字読めるとの報告がある(島村・三神, 1994)
特殊音節や助詞(「は」「へ」等)の習得には少し時間がかかるものの、小学校入学前に平仮名を読める子どもの割合は高い
文字の理解は2段階を経て発達すると言われる(高橋, 2001)
表現規則の理解の段階
文字は絵と異なっており、言葉の音が記号で表現され、その記号に意味が伴っていることを理解している段階
3, 4歳頃に達すると考えられる
対応規則の理解の段階
平仮名1つの文字が1つの音に対応するなど、言葉は慣習的な規則に従い、並べることで何かを指し示せるとの理解に達する段階
文字の読みは対応規則の理解が前提となる
5, 6歳頃に達すると考えられる
読み書きや読解の発達に音韻意識の発達が関連しているという(天野, 1988; 大六, 1995)
音韻意識: 言葉の音韻的な側面を意識し、その音を操作できる能力(高橋, 2001) 「けしごむ」の最後の音は「む」であるといった認識がこれに含まれ、しりとり遊びもこの音韻意識の発達に伴い可能となる(高橋, 1997)
音韻の最小単位は音素だが、言葉の音の区切りは英語では音節、日本語ではモーラという拍に基づく 「うみ」は音節でもモーラでも単位数は2だが、「きって」は音節では2、モーラでは3となる
ただし、日本語母語幼児の言語音の認識は3, 4歳ごろまでは音節に基づいており、モーラ単位に移行するのはその後と言われる(Inagaki et al., 2000)
幼児期終わりから児童期初めごろに特殊音節を読めるようになるおとが音節単位からモーラ単位への移行に関連すると考えられている(高橋, 2001)
基礎的な計算力の習得
最初のうちは幼児期に続き、指を使って数えて計算するところから始まる
年齢が上がるほど、最初に大きい数字のほうをもってきて、そこから小さい数字を数え上げるようになる(min方略) 続いて、過去の計算結果に関する記憶を検索する方法や、数を分解して行う方法も身に着けていく(計算方略: Siegler, 1987) 8-1-2. 一次的ことばと二次的ことば
幼児の話す内容はその場の状況に依存し、親しい人にだけしか通じない場合が少なくない
一次的ことば: 親しい人との直接対話の中で伝わるような話し言葉(岡本, 1985) 二次的ことば: 不特定多数の人でもわかるような、話し言葉や書き言葉(岡本, 1985) 書き言葉の発達とともに獲得される
書き言葉は場所、時間を問わず内容が的確に伝わるように表現する必要があるため
小学校
まず仮名を中心とする文字の読み書きの習得が求められる
文字列を読解すること、伝えたい内容が他者に伝わるような文が書けるようになることが目指される
文が書けるようになると、文章体を身につけ、低学年でも作文が書けるように指導を受ける
話すうえでも発表や話し合いを通してみんなに伝わるような話し方が低学年のうちにある程度可能になることが期待されている
二次的ことばを獲得しても一次的ことばの使用は続く
8-1-3. 具体的操作期
数や長さの保存課題が可能になり、算数の学習が進むに連れて、物質量や面積、体積に関する保存課題が可能となっていく
ボールを小さい順に並べるなど、ある次元での順番や推移律、上位概念と下位概念の包含関係の理解も可能になってくる(子安, 2003)
具体的操作機は7, 8歳ごろが第一段階、9, 10歳ごろが第二段階と区別されているが、第二段階の時期になると一次的信念の理解(誤信念課題の理解, →第6章 幼児期の発達:言葉と認知)のみならず「Aさんが○○だと思っているとBさんが思っている」といった入れ子構造的な心の推測、二次的信念の理解が可能になる(Perner & Wimmer, 1985) 二次的信念の理解は、難しいクイズの答えが書いてあるカードの裏を一人にされたときに見てしまった場合に、ばれないように一貫して嘘をつける能力との関連が指摘されている(Talwar, et al., 2007)
「箱の中を見た?」という質問には「見てない」と一次的信念の理解のみでも嘘をつける
「おもちゃは何だった?」といった箱の中身に関する質問をされると二次的信念の理解が進んでいない子どもは見てしまったものをつい答えてしまう
頭の中で思考できるのは、まだ具体的に操作しやすくイメージしやすい場合に限られる
複雑な構成になっている空間配置を想像することは難しく、反応の求め方によっても正答率が大きく変わる
ピアジェらが考案した三つ山問題(Piaget & Inhelder, 1948/1956) 大中小別の色がついた山のミニチュアが4方向から見た場合にどのように見えるか
田中(1968)の調査結果を見ると、4方向からの見えを選択肢から選んでもらう際に、選択肢の中に左右反転の誤答カードを混ぜる、あるいは子ども自身に見えを構成してもらうと、具体的操作期の児童では難しく、安定して正答率が高くなるのは形式的操作期に入る小学校高学年以降
8-2. 学習方略と思考の発達
8-2-1. ワーキングメモリとメタ認知の発達
新版K式発達検査で75%が通過する年齢で見ると、3歳ごろで3程度、5歳ごろで4程度, 7歳半ごろで5程度の容量
成人では7程度であり、児童期を通して容量は漸増していく
ワーキングメモリ: 認知的な処理を並行して行う短期的な記憶活動(Baddeley, 1990) 6歳の子どもにリスニングスパンテストを実施した結果、提示する文の間で関連性がない場合は2程度、関連のある場合は3程度の再生であったという(石王・苧阪, 1994)
ワーキングメモリはその場で聞いて理解し学習を進まなければならない授業場面においては特に有用な認知活動
ワーキングメモリの容量は読み書きや算数等の主要科目の成績と正の相関関係にある(Alloway et al., 2009; Jarrold & Towse, 2006)
訓練してワーキングメモリを向上させると学習によい影響をもたらす可能性が報告されている(Dunnning & Holmes, 2014)
日本でもワーキングメモリ容量の小さい児童の授業への取り組み方と支援を検討する試みがなされている(湯澤ら, 2013)
メタ認知の指導により、メタ認知能力と読解方略が向上したとの知見がある(Cross & Paris, 1988)
リハーサル(記憶すべき内容を繰り返し言う、もしくは思い浮かべる)や精緻化(学習項目を分析し関連情報を付加して記憶すること)、体制化(複数の学習項目を整理し体制化すること)等の記憶方略は児童期に習得される 8-2-2. 9歳の壁(10歳の壁)
具体的操作期第二段階の時期に因果的推論能力や空間操作力が発達すると想定されている(Piaget, 1970)
第二段階に相当する小学校中学年の時期は二次的ことばが完全に獲得される
言葉の学習では言葉を別の言葉で言い換えたり比喩で表現できるようになることが、算数では2つの数値の関係性を分数や比例で把握、表現できるようになることが期待されている(藤村, 2005)
3年生から4年生にかけて学習遅滞児数が急激に増える
認知発達の変化というより、学習内容の難度を反映している可能性が高いが、学業や社会性において大きく変化が生じる時期と認識されている
小学校高学年から中学生にかけての11, 12歳~14, 15歳ごろはピアジェの理論では形式的操作期に相当し、抽象的かつ論理的な思考が発達する 比例概念の成立が形式的操作期の特徴の一つとされ、仮説演繹的思考が可能になり、対象間の関係についても扱えるようになる
三つ山問題に対し高い正答率を示すようになる
8-2-3. 領域一般性と領域固有性
ピアジェの発達理論で想定されるような、思考は内容や課題に関わらず、領域横断的に発達するという領域一般性を支持する見解に対し(Piaget & Inhelder, 1966)、その後、領域固有の知識の存在が指摘され、その発達度合いが領域間で異なるとする領域固有性を支持する見解が台頭した(Siegler, 1981) 藤村(1993)は比例概念を例にとり、課題差(調整させるのか内包量を比較させるのかによる反応差)があることを示し、単純に発達が年齢・段階を経て進むとは言い切れない側面があると述べている
学習課題によっては固有の知識や技能を身につける必要があるが、一方で、汎用性が高く、より領域一般的な知識や技能の習得も求められている
領域一般的な知識や技能の習得に関係する能力として、近年、ワーキングメモリやメタ認知が注目されている(湯澤, 2014)
8-3. 動機づけと学校教育
8-3-1. 学習意欲
子どもはもともと一定の知識欲や学びたいという欲求を有している
多くの子どもが文字や数字に関心を示し、報酬がなくても読めるようになっていく
とはいえ、学科学習に対し、意欲がつねに高く維持されているケースはそう多くはない
報酬も時として有効
もともと興味や関心を持っている内容の学習時に報酬を与えると、本来持っている興味が低減してしまう(Deci, 1971)
「外発的に動機づけられている」: 外的な報酬を目的とした学習への意欲。持続的な学習にはあまり適さない
「内発的に動機づけられている」: 学習や知識を得ること事態が目標や喜びになっている場合。持続的な学習意欲や学習行動につながりやすい
子どもが学習の際に持つ達成目標は2つに大別される(Elliot & Harackiewicz, 1996)
熟達を目的とする場合の方が、遂行を目標とするよりも効果的な学習につながるとされる(田中・藤田, 2003他)
遂行目標: 他の生徒よりも上の成績をとりたい、良い成績を修めたい等、点数や他者との優劣を意識したうえで設定される遂行目標 学習への意欲維持には、自己効力感(Bandura, 1977a)や自己統制感(Rotter, 1966)も関係する 自己効力感: 期待するような結果をうまく対処して出せるかに関する感覚や自身 自己効力感が高いほど学習意欲や学業成績が高い傾向にある(Bandura & Schunk, 1981)
自己統制感: 結果に対して自分がどれくらいコントロールしうるかに関わる感覚や信念 内的統制型: 学業成績などの結果が自己の能力や行動によって生じたと考える傾向が強い 努力や意欲につながりやすいと考えられる
外的統制型: 運や難易度など外的要因によって生じたと考える傾向が強い 自己強化: 自らが設定した目標に達したとき、自らのコントロール下で報酬を得て、自分の学習行動を強めるような行動 自己調整学習: 自らの学習過程や結果について自分で判断、評価する過程を経て(自己評価が自己強化の役割を果たす)次の学習につなげていくような行動 8-3-2. 学校における学習形態
学校での学習形態
一斉学習: 教師がクラス全体の生徒に対し同じ内容を説明し、一斉に進める学習形態 グループ学習: 班やグループ単位で話し合いや発表をする等の学習形態 協働学習: 同じ目標に向かって対等な関係でみんなが責任を持ち「子供たち同士が教え合い学び合う協働的な学び」(文部科学省, 2011) 追求すべき課題をグループ(原グループ)の成員の人数分に分け、一人が1つを担当し、それぞれが専門的にその担当内容を調べ、各グループの同じ担当内容のもの同士がカウンターパートセッションとして集まり学習をし、後で原グループに戻って教え合いながらまとめるという学習法
各自が担当内容に責任を持って学習を進めるため、意欲も学習効果も全体的に高まりやすい
個別学習: 生徒が一人で練習問題を解く等の学習形態 8-3-3. 集団で学習することの意義
幼児期に引き続き、他者の言動を観察してそれを真似て学習する観察学習が生じやすい(Bandura, 1977b) 他者の言動を見聞きすることで、技能や方略、社会的行動等を習得しうる
別の生徒ののある言動が称賛されれば、その言動への動機づけは高まり、別の生徒のある言動が罰せられれば、その言動の抑制につながることもある(代理強化) 大勢の人に向けた発言の仕方も学校で習得する
「聴くこと」ができてこそ、授業や話し合いの流れの中で適切な発言ができるようになるという(佐々原, 2013)
他の児童の発言を含め、授業を聴くことの学習効果が示されている(秋田ら, 2003; 臼井ら, 2005)
学校教育では話し合いや相互作用が重視されているが(秋田, 2000)、児童のみで効果的な話し合いは難しく、教師の支援により支えられている部分が大きい(藤江, 2000; 一柳, 2009)